実家を片付けてます

ものまみれの家の片付けを進める日々の記録

持たないと決めたモノ

買おうかどうか迷うのはなかなかエネルギーが要るものだなと思います。

持たないと決めてしまうと、楽になることもある気がしています。

 

私は、髪に癖があるため、何度も「ヘアアイロンを買おうかな」と迷ってきました。

書きながら思いだしましたが、以前髪をまくためにコテ持っていたこともありました。

 

ですが私は、心配性で、やや神経症気味なところもあります。

 

なので、ヘアアイロンを使った場合、電源を切ったかどうか、火事になったらどうしようという不安にかられてしまうだろうことが容易に想像ができます。

 

なので、ヘアアイロンは持たないと決めています。

サラサラきれいな髪にはとても憧れますし、

丁寧にセットしている方はとてもすてきだな~と思います、

ですが私の場合は、前髪のウネリにテンションがさがる以上に、心配で胸がいっぱいになることの方が、自分にとっては負担だと思うのです。

 

他にも持たないと決めているものはあります。

 

マスカラコームです。

お化粧のときにまつげをセパレートさせるために使う道具ですが、

こちらも「もし目にささったらどうしよう!」という恐怖があって、

持たないようにしています。

 

自分がそそっかしいということも長年生きて来ていて薄々気づいてきたので、

自分の身を守るという意味でも、持たない判断は良いと思っています。

きれいにあがったまつ毛もとても魅力的ですけれどね。

 

皆さんも、持たないと決めているものありますか?

理由とセットで、聞いてみたいです。

実家暮らしの片付け。段ボール箱とLINEで無理なく家族を巻き込むゆるーい仕組み

祖父母の代からのモノを大量に抱えた実家で、両親と暮らしています。

親の領域に踏み込まずに片付けを進めるには?共有スペースに段ボール箱を1つ置くだけ

「片付けて!」「捨てて!」と言ってしまうと、かえって親はかたくなになってしまうので、
自然とモノが片付くような、静かな仕組みを考えたことについて今日は書きます。
 
といってもやったことは、
「売る」と書いた紙を貼りつけた、段ボール箱を一つ、置いておくだけ。
置き場所は、リビング脇の畳の部屋です。
 
「ここに箱を置いておくから、『要らないな』『売ってもいいな』と思ったものは入れておいてね!」
と伝え、あとは親に任せます。
 
もう少し声かけをするとしても、
「明日、◯◯(リサイクルショップ)に売りに行こうと思っているから、何か出すモノあったら、入れておいてね〜」
とサラッとした感じで。
 
たまにですが、親が、ノベルティでもらったけれど使わないモノや、本など、ちょこちょこ入れてくれるときがあり、まぁまぁ効果があると思っています。
自分自身も、売りたいモノはこの箱にポンポン入れておけば良い!という場所があると助かっています。定位置が一目瞭然だと、思考が散らばらなくて良いから。

忙しい家族の負担を減らす。実家を出た姉には、LINEを使った仕分け箱

結婚前まで実家住まいだった姉の荷物も、まだまだ実家にあって、
姉の部屋をいずれ自分の寝室にしたいという目論見もあり笑、
そちらの片付けもしています。
 
ですが、姉は仕事に子育てに忙しく、時間やエネルギーを割いてもらうのは難しそうです。
私としても、時間ができたときには、ゆっくりしたり休んでほしい、心身の健康を最優先にしてほしいというのが願いです。
 
極力姉の負担にならずに、少しずつでも片付けを進める方法はないか、と考え、LINEを使うことにしました。
写真を送って、残すか手放すかの判別をしてもらうというやり方です。
私なりの簡単な決め事としては、
 
・写真を送るのは1日最大で1枚まで
(以前、すぐに返事をくれる姉の好意に甘えて日に何通も送っていたところ、
母親から「お姉ちゃんも忙しいんだから加減してやりな〜」と注意されてしまいました。それから気をつけています)
 
・LINEの返事は「要」や「いる」、「不要」や「すて」などごく簡単でOK
 
・返事はいつでもいい 
(本当にいつでもいいからね!と念押しして伝えています)
 
それでも、優しい姉は、
「これはもう捨てていいよ〜」とか、
ありがとうというスタンプを押してくれたりします。
 
勝手に片付けに燃えている私に、協力してくれてありがとう!という気持ちですが、
姉は姉で、「片付けやってくれてありがとうね」というスタンスでいてくれるので、
ゆっくりですが、おだやかに進められるこのやり方、気に入っています。

ダンボール箱とLINE頼み。家族とぶつからずに実家の片付けを進めるための仕組み

家族に言葉で「片付けて」「捨てて」と言わずに、実家のモノの片付けを進めることが少しでもできればと思っています。

その少しを積み重ねて、空間を、余白を広げていきたいです。

 

実家の大量のモノと格闘しているお仲間の方がおりましたら、

ともに、頑張りましょう〜。やった分だけ絶対に減って、余白が増えているはず。

 

「買取価格」より「心の平穏」。疲れやすい私が、実家の片付けで疲弊しないための、手放すときのマイルール

我が家(実家暮らしです)には、片付けても片付けても一向に減らない……といつも思っているほど、大量のモノがあります。

 

明らかなゴミは処分するとして、

それ以外の、大量のモノはどうすればよいのか、長年模索してきました。

「高く売る」を手放して得た、心の余白

ネットでの売買(個人間の取引)という方法も、ずっと気になっていました。

不要になったモノを、必要とする方に循環させる仕組みがとても良いものだと思いますし、価格設定についても、リサイクルショップに持ち込むよりもだいぶ高く売れそうで。

ですが、私の場合、

色々と細かなことを気にしやすく、くよくよしがちで、気疲れをしやすい、

そして、やることリストを書き出しては、その内容の大小に関わらず「やらねばならないこと」が増えるだけで苦しくなってしまうという、決してキャパシティが広くない質ということも自覚しているため、

 

写真撮影や、文章作成、梱包、発送、購入者とのやりとり、

といったことが、今の自分には負担がかかりすぎてしまうと判断し、

 

「リサイクルショップに持ち込む」のみと決めています。

 

ネットを介した個人間売買という、せっかく高く売ることができる可能性を手放してしまっていいのか、

勿体ないことをしているのではないかという葛藤もありましたが、

よくよく考えて、「ネットでの個人間取引は私はやらない」と決めたら、

迷う必要もなくなり、ラクになりました。

 

冒頭にも書いた通り、とにかく我が家にはモノが多く、手放したいと思ってから手放すまでの時間を短縮し、物理的にも心理的にも余白を増やしていくことを優先したいと思い、今はリサイクルショップへの持ち込み一択としています。

(いつか、もっとモノが少なくなったり、自分のキャパが広がったりすれば、

個人間売買も、選択肢のひとつとして再浮上するかもしれないですしね!)

自転車でリサイクルショップ巡り。ハシゴしながら味わう地味深いうれしさ

我が家の近所には複数リサイクルショップがあります。

車の運転ができない私の移動手段はもっぱら自転車、または徒歩。

リサイクルショップも自転車で巡ります。

 

はじめは、ただ不用品の持ち込みをするだけでしたが、

何度か通ううちに、お店ごとの特色が自然とデータとして自分のなかに蓄積されてきまして。

まるで、攻略本を作っているようで、

そこになんだか地味深い嬉しさがあるのです。

 

例えば、店舗Aは、ベビー用品の取り扱いなどもあるので、両親が孫(姉の子)の面倒をみるために購入して今は不要になったモノなども持ち込みやすいです。

また、店内に置いてある洋服などが、使用感が少ないキレイめのモノや掘り出しモノが多い印象で、査定時間中に店内を見て回ることが楽しみなのです。

買取価格がつかなかったものは、持ち帰る必要があります。

 

店舗Bでは、ぬいぐるみやアニメグッズ、モノにもよりますが食器の買取などにも強い印象です。こちらも買取不可のものは要持ち帰り。

 

店舗Cは書籍の買取があるので助かっています。

他店で買取価格がつかなかったけれど、ここでは値がついて買い取ってもらえた♪ということも結構あるので頼りにしていますし、

買取価格がつかなかったモノも、資源として引き取ってくれるため、

「また持って帰らないと行けない…」ということがないのです。

ゴミ袋代が浮いたと考えれば、たとえ値段がつかなくても、プラス!

はじめの頃は、数十円という想定より少ない査定額に、「え…っ」となるときもありましたが、

捨てるとしたら、ゴミ袋代がかかってマイナスとなるところを、

誰かにつなげてもらえて、しかも、たとえ5円や10円だったとしてもプラスになる。

 

そう捉えると、今は前向きな気持ちで、リサイクルショップ巡りができています。

 

リサイクルショップにモノを持ち込む時は、今までありがとうの気持ちを込めて、

なるべくきれいな状態で、サッと拭いたり、軽くたたんだりして、なるべくきれいな状態で送り出すというのが、自分なりの手放し方の儀式のようなものとなっています。

最後に

今日も、実家の膨大なモノの量を前に、私と同じように途方にくれているお仲間のみなさま

一緒にがんばりましょう~

(自分の身心を一番大事にしながら!)

実家の親の大量の服をどうする?「片付けて!」を封印したことでかえって衣類整理がスムーズに進んだ話

実家の、両親のクローゼットは、服であふれています。
服であふれたクローゼットが、とにかく重い……!
我が家の何かが滞ってしまっているのではないかと思わせる、重さ。
不要なものを手放せばもっと、空気が軽くなるのに。
風が通ったほうが気持ちがいいのに。
そんなふうに思ってきました。

「片付けて」と言えば言うほど、かたくなになる親

これまで、片付けに関する本をたくさん読んできて、
「人の持ち物に『捨てて』は禁句」ということは何度も目にしてきました。
納得して、気をつけようと思うのですが、大量の衣類でみっちみちのクローゼットを見ると、つい、口を出してしまって。
 
その結果、
「捨てるものはない」「自分のペースでやる」と、
かえって親はかたくなになってしまい、
「あぁ、失敗した……」と後悔することを繰り返してきました。

発想の転換!「片付けて!」を封印、代わりに「譲って!」を発動

先日、近所のリサイクルショップが「衣類の買取金額アップ」のキャンペーンをしていたので、
「〇〇(リサイクルショップ)が買取キャンペーン中だから、
もし出せそうなものがあったら出してね〜」
と軽く伝えてみたところ、返事はしてくれるものの、動きはなく。
 
そんなときにふと、そういえば以前、
親が着ていない服で自分が気に入ったものを
「これ着たい!貸してくれる?」
と言ったときに、すんなり、快く譲ってくれたことがあったなと思い出して。
あのときの親は、きっと、娘に何かをしてあげることを喜びと感じる優しい気持ちで、譲ってくれたんだろうな、と振り返りました。
 
そこで、
「服代を節約したいから、服を譲ってほしい。
手放していい服を出してもらって、そのなかで私が着たいものがあったらちょうだい!」
と伝えてみたところ、
(服代を節約したいこと、服を譲ってほしいこと、どちらも本音です。
自分は手持ちの衣類を厳選しているため持ち服が非常に少なく、たまに、違う服を着てみたいな、という気分になるのです。)
クローゼットに行ってポイポイポイッと何着も服を出してくれました。
ついでに、カビが生えている服を発見したときには、処分していいとゴミ袋に入れてくれました。
それらの服のなかには、
私が「え?いいの?似合ってたよね?」と言ってしまったものもあったくらいで、
こちらも驚くほど、短時間でサクッと、な展開でした。
 
何より、そのときの親とのやりとりの空気感が、
「物が多すぎるよ!」「片付けて!」とこちらが働きかけていたときとは全く違って、
とても、軽かったです。

クローゼットのあふれた服の重さを手放す鍵は、親を「助けてくれる人」にすること

「着ないものは捨てて!」と言ってしまうのは、否定。
「譲って!」は肯定、という感じでしょうか。
否定されたら誰でもかたくなになってしまいますよね。
 
滞っていた空気を動かすきっかけは、
親を「助けてくれる人」として、尊重することでした。
 
基本的には、片付けには協力的(私の片付け熱を好きにしていいというスタンスで、協力してくれることもある)で、
娘に対して何かしてあげられることを喜びと思ってくれる両親だからこそ、
効いた伝え方だったかもしれないですが、
改めて、「人の持ち物に『捨てて』は禁句」を肝に銘じよう、と思った出来事でした。
 
我が家にはまだまだ服も物もたくさんあり、
この先の道のりを思えば途方に暮れそうになりますが、
実家の片付けに頭を悩ましている方、
一緒に、頑張りましょうね〜という気持ちです。

片付けでも完璧主義を手放す

なぜ片付けが終わらないのか?

どうして片付けが終わらないのだろう、挫折してしまうのだろう、と考えていたら、

「完璧主義」というのがひとつ、大きな理由として挙げられると思いました。

 

私自身、結構適当なところもあって、そんなにカチカチした人間でもないのですが、

理想が高く、自分に課すハードルが無意識に高くなりがちで、

その結果、目標に届かずに頓挫してしまう、そういった感じです。

 

例えば、私が今年の目標に掲げているフルマラソン完走のための練習も、

「週3日走る。できれば10キロは走りたい」

というような目標を立ててしまうのですが、

 

自分の生活と、その目標が見合っているのか、というと……。

 

自分の設定する目標がいつも高めになってしまいます。

 

おそらく今の私が、クリアできるのは、

週に1回は走りに行く、いや、月に2回は、くらいでしょうか。

 

片付けにおいても同じくで、

自分以外の人の協力や判断も必要な実家の片づけを、

インテリア雑誌に載っているような「素敵な暮らし」をゴールに見据えてしまうと、

できるならそうなったら嬉しいですが、

現実的にはわりと無謀なのかもしれません。

 

片付けの目標を下げてみる

はじめから目指すのはそこではなく、

「探し物が少ない」「最低限の安全は保たれる」

そのあたりに目標設定を下げておいたほうがよいのかもしれません。

 

世のなかには、高いハードルであればあるほど、燃える!という人もいるのかもしれないですが、

私は、低めのハードルを、少しずつ飛んで行って、気づいたら高くなっていた!?(あるいは、高さは変わらないけど、いっぱい飛んでいた、とか)

 

そういうふうになっていたら、いいなぁと思います。

 

今朝は、穴の開いた靴下で、部屋の床のホコリ掃除をしました。

地道ですが、そういうひとつひとつを、積み重ねていくしかないんだろうなぁ。

改善したいときの「買う」以外の選択肢

片付けをするようになるまで、

何かの解決策として真っ先に浮かぶのは「買う」という「足す」ことでした。

 

片付けをしていくなかで、いつの間にかそこに変化があったように思います。

 

手をきれいにしたい!と思ったら

手荒れしやすいので、ときどき自分の手をみると「う…」となります。

 

手をきれいにしたいなと思ったときは、

「良い(高い)ハンドクリームを買わないと」と思いがちでした。

 

ですが、新しいものを買うまえに、

今あるものでできることはないのか?と考える癖がつきました。

 

・手を洗った後しっかり手を拭いているか?

→結構、ハンカチやタオルで吹くときの拭きが甘かったりする

 

・ハンドクリームをこまめに塗っているか?

→良いハンドクリームを買ったとしても、ちゃんと塗れなければ効果は期待できないよね

 

・家にあるネイルオイルがある

→使っていないネイルオイルがあったよね。それをまず使ってみては?

 

良いものを買うのももちろん良いことだと思います。

ただそのまえに(あるいはそれと同時に)できることがたくさんあることに、気づきました。

 

髪をきれいにしたい!と思ったら

街でつやつや髪の人を見ると「きれいだな」と思います。

私ももう少し手入れをしないとな、と、髪をきれいにしたいと思ったときには、

「良い(高い)ヘアケア商品を買わないと」と思いがちでした。

「美容院でトリートメントしてもらったほうが良いのかな」とか。

 

ですが、新しいものを買うまえに、

今あるものでできることはないのか?

 

・予洗いをしっかりしているか?

→結構、お湯で洗う時間が短かったりする

 

・シャンプーをしっかりしているか?

→使用目安より少ないままだったり、洗い方も適当だったりする

 

・ドライヤーでしっかり乾かせているか?

→乾かし方も適当!

 

新しいものを買う前に(あるいはそれと同時に)できることがたくさんあるんだなぁと、

最近はまずできることはないかを考える習慣がつきました。

 

片付けのハードルを下げてみる

実家の片付けをいついつまでに終わらせる!とこれまで何度目標を立てたでしょうか。

今でも続行中ということは、その目標は達成できなかったというわけで。

 

そもそも、私の目標設定は高くなりがち、という傾向があるなと思い、今日はそのことについて書こうと思います。

 

片付けのハードルを下げてみる

まず、物量が半端ではないこの実家の片付けは、仕事や生活をしながら、そして他にも余暇を楽しみながら進めるとしたら、

例えば「6月までに!」

というような目標は現実的ではないのかもしれないです。

自分だけのモノであれば、いけるかもしれないですが、

家族の協力も得ないといけないので、

そうなると、もう少し長期間を覚悟したほうがよさそうですし、

そもそもの「達成」のハードル自体も、見直しが必要なのではないだろうか。

 

雑誌に載っているような、憧れちゃうおしゃれな暮らしを目標にするのは、高すぎるハードル。

家族が、捜し物で困らず、ある程度スッキリした空間で暮らせる、そのくらいに(いや、もっと?)下げてもいいのかも?と。

片付け以外でも、ハードルを下げてみる

普段から私は、やりたいことがあると目標設定を高くして、身の丈に合わなくて、結局頓挫する、というパターンに陥りやすいです。

 

いつもきれいにネイルをしている先輩に憧れる!

私もいつかネイルしたい!

その目標はいいかもしれませんが、現実的には、お財布的にも今はそこにはお金をかけなくていいなと思う。

だからって何もしない、できない、ではなくて、

できることって、いっぱいあるなと。

 

・ネイルを塗るだけでも、気分は違う

・片付けの時に出てきて譲ってもらったネイルオイルをこまめに塗ることだってできる

・ハンドクリームを塗る

・水を使ったあとに手を丁寧に拭く(←私は、意外にここすらきちんとできていなかったりするので。結構雑にピャピャッと拭いて終わりにしてしまったり…)

 

ということで、

やりたい!ってことができたとき、無自覚ながら、自分はついつい理想が高くなりがちなので、

そこに至るまでの道を細分化して、もっとできることはないかな?って、そういう視点を持つことを、意識できるといいのかな、と思いました。